多忙とは
多忙とは、私にとって「やり通すために時間を費やしているとき」のこと。そうでないと、私はどんなにスケジュールが埋まっていようと、「忙しい」と気持ちよく言えない。
DAIKICHIは、俺の人生史上最大の失敗体験。
自分の決断に自信を持たず、もったいぶって、保険をかけようとして、結果、自分の評価を下げている。俺の「自分の決断から逃げる」人生の集大成。
山田別荘で、実際に休学してる人を目の当たりにして、変わった。人から聞いた話ではなく、人がやっていることをみて変わった。(そういえば、バイト先の店長からも同じような、すなわち、言われたのではなく、店長の対応によって明らかに動かされた、経験を最近した。) ( 結局、ノートに書き留めてた「言葉より行動」が、また別の側面から現れてるなぁ。)
僕が思うに、大事なのはやりきる力ではなく、やり通す力だと思う。俺は、何事もやり通してなかった。自ら壁を作り、遠回りをしていた。
「自分のためになること」ではなく、「やり通すことと関係のないこと」をやっていた。本気でやり通すつもりがあるなら、関係のないことはやらないべきだ。(始めたことが全く悪いわけではないけど。点と点は今、繋がっている。恐らく、辞めることも含めて。あぁ、スティーブ・ジョブズが言ってることって全てかも。)
選択肢をつくって選択するのではなく、取捨選択することこそが、本当の自己決定。そして、その数=自己成長。
やりたいことがあるなら、やり通そう。そこで壁に当たって辞めるものなんて、本当に自分がやりたいことではない。そして、それは始める前に気づけるはずだから、得意の想像力で予防しよう。同じ失敗を繰り返さないように。
今回はどうか?壁に当たったとしたら、なんとか乗り越えようとするだろう。先輩は言った、「自分の中で初めから答えは決まっている」と。それは俺にとって、始めるべきことではないことには、何かしら言い訳をして救済策を無視しようとしてることからだったが、逆もそのはず。
いままで、明らかにスケジュールが埋まっていようと「忙しい」と気持ちよく言えなかったのは、やり通すことと関係のないところに時間を費やしていたからかもしれない。関係のないことを、自分のためだと言って嫌々やってるって、俺はバカか?
結局、人は自分がワクワクするものにしかコミットできない。が、それでいい。その判断ができないといつまでたっても同じことの繰り返しなのだから。
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